任期が残り少なくなってきたことに甘えて、今夜も私の思うところをお聴き願いたいと思います。ほんの少し、お耳をお貸し下さい。
私は、年度の始めに、「違いを認め合う」ことを大切にしたいと強調させていただきました。
個々の会員は、さまざまな能力や経験を有する人たちであり、考え方や意見の相違もありますが、違いを多様性と捉え、認め合うことを大切にしたい、それが互いの良さを理解し尊敬し合えることに繋がるからだと申し上げました。
例えば、政治団体は、政策の実現を図ることを目的として同じ主義主張の人たちが集まって結成されるため、考え方の異なる人が一緒に活動し続けることはできず、自分に正直であろうとすれば、その人は袂を分かって別の団体を作るほかありません。
ロータリーは違います。自分と違う考えを持つ相手を否定してしまっては、ロータリーは成立しません。ロータリーは、職業、家族観、人生哲学、趣味や趣向などを異にする様々な人たちが、その違いを認め合いながら、共通の目的としての親睦と奉仕の両輪を回していく、大人たちの集まりだと思います。
加えて、私は、1年間皆さんに会長として認めていただいたお陰で、もう一つのロータリーの素晴らしさに気付きました。それは「平等」ということです。ロータリアンはお互いに皆平等です。創立会員も入会後間もない方も年長者も若者も、それぞれが一人のロータリアンとして同じように尊敬され尊重されます。
この点に関し、例えば、営利を目的とする企業においては、経営資源を最も効率よく活用するためには一定の指揮命令系統が必要であり、指揮する人と指揮される人の2種類が存在することはやむを得ないでしょう。
ロータリーは違います。その時々によって、ある人は年度の会長を務め、ある人は理事や役員を務めますが、会長は会長以外の人たちに対して何か特別の権限を有する者ではなく、たまたま皆さんに担いでもらっているだけなのだということが私にもよく分かりました。
ただし、念のために申し上げるのですが、皆が平等であるといっても、一つだけ大切にしなければならない価値観があります。それは「長幼の序」であります。若者には年長者を敬っていただきたい。そうすれば、年長者は広く深い寛容さで接してくれるに相違ありません。
今申し上げた、「違いを認め合うこと」と「平等」という2つの視点でみると、私たちのクラブには間違いなくそうした風土が根付いています。これは26年間にわたって先輩諸兄が培ってきた財産であり、私たちはこれを誇りとし、クラブのアイデンティティーとして末永く大切にしていくべきであると思います。
今夜も楽しい例会になりますように。